Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

今のは誰の話

もう、しつっこいわね
何度もおんなじこと言って
言わせてんのはお前だよお前
頼むから事実だけ言ってくれ
 
ひとつ隣のベンチでは
女の子が赤い靴をぶらぶら
こら、お行儀よくしてな
あのひとおこってんのかな?
 
ひとを指さすもんじゃないよ
おとなだって怒る時は怒るの
しってるよ おとうさんも
俺のは違うよ 叱ってんの
 
どうちがうの、に割って入る
着信音に二人は口をつぐむ
しばしあって男の声がする
嘘のように上機嫌な調子
 
お世話になってますどうも
え?全っ然構わないですよォ
今ですか?ひとりですけど…
ねえねえどうしたのあのひと
 
下品だぞ、盗み聞きってのは
だってあのひとがヘンだから
心配だろ?喧嘩の話なんてさ
じゃあ、あのおねえさんは?
 
そっぽを向きイヤホンの耳
男は背を向けてのびのび笑い
通話を終えて深く溜息をつき
ったくしつこいな、話長えし
 
なんだよ、何笑ってんだよ
…え?ああ、話終わったの?
あなたを笑ってやしないわよ
女の子の???と父親の横顔

死ぬよりいやがること

本人の意思を尊重することと
客観的に適切であることと
自分がこうしたいと思うこと
なかなか一致しないもんだよ
 
例えばね、うちの母は
昔から病院が大嫌いなんだ
父は病院勤めをしたのにさ
そんなことはお構いなしだ
 
調子が悪いと本人も言うし
どうにかしなきゃいけない
何故か不機嫌に詰問する父
母は頑として何もさせない
 
ヨタヨタする曲がった背中
ただ見守るしか出来ないんだ
知らないひとは怒るだろうが
それは母と他人だからだ
 
最近サボってたマッサージ
自分を責めつつ念入りに肩腰
クマのぬいぐるみみたいに
足を投げ出す母にひと匙給仕
 
蒸しタオルを端切れで巻いて
脇の下をあっため話しかけ
ブランケットをはらいのけ
寝ている母をただ見ている目
 
何やってんだと思うだろ?
後悔しても知らねえぞ
言われなくてもわかってるよ
医療畑の人間も親だもの
 
昨日よりだいぶ楽になったわ
のらりくらりいつまで続くか
誰にだって手をこまぬく穴
不安をひとのせいにはするな

しろくろ境界線

子どもの頃には
なかったGoogle Wikipedia
テレビとラジオはあったな
出て来るひとは知っていた
 
知っているとは名ばかりで
出身校がどこで奥さんが誰で
そんなことは何も知らなくて
それで済んでいたんだよね
 
そのことで物足りないだの
わからなくてつまらないだの
感じていた記憶もないんだよ
夢中と玄人の素顔は別のもの
 
昔は今より芸があったから
私生活を切り売りしないのさ
野次馬根性だネット社会だ
やだねえ今の世の中ってのは
 
その皮肉も一理あるとは思う
思いつつ考えてふと気付く
同じ人間だと思って見てる?
今と昔はある意味同じで違う
 
アイドルはトイレに行かない
…は極端でもそれに類する話
それはそもそも人間じゃない
今は引きずり下ろし世間並み
 
誰に頼まれたわけでもない
自分が望んで世に出たんだし
目立つことに文句は言えない
実像も虚像も濁るひとり歩き
 
親しみってやつも厄介だよな
なまじひとだなんて思うから
心配してよろこんで迷うんだ
さみしいから知りたかないや

各々の不在達へ

何がそんなにかなしいのか
わからない自分はつめたいな
そう思って落ち込んでたんだ
ちょうど十一年になるんだな
 
今より輪をかけて小生意気で
ひとの心がわかると思い込んで
だから余計劣等感があってね
つらそうな文面にただ戸惑って
 
"いなくなって気付けたことは
確かにあるけど きっとそれは
なくす前に気付けたはずなんだ
この想いと共に僕は生きるから"
 
いないから失うことはない
失わないから知ることもない
そんなこともあるのだと知り
私の奥底に沈むひんやりの闇
 
いつしか十一年が過ぎた
別の命の終わりを知ってから
同じ文章を読み返してみたら
涙が止まらなくて驚いたんだ
 
あの頃も今も病院通いだもの
ひどかった時よりはマシでも
よくなった気はしなかったよ
でも前より少し人間ぽいかも
 
かなしいわけが理解できた
そういうのとは違うみたいだ
同じかなしみは知らないから
わかったような気がするのは
 
ひとの命がかなしみと暮らす
その一日一日の明滅だと思う
さみしさも怒りも重ねて笑う
いたわりとやさしさだと思う

リードと籐かご

こないだあぶなかったんだ
それで土日ずっと落ち込んでさ
ほんとうにいなくなったら
目も当てられないと思うんだ
 
三年前にはもうそんな話
直接何が出来るわけでもない
思いを巡らせる最悪の事態
滅茶苦茶になっても構わない
 
どうしても無理なら休んでも
戻るまで待つから安心してよ
仕事至上主義の頃もあったけど
それなりに変わってきたところ
 
そうしたら何も言わなかった
いつも通り馬鹿言って笑った
その前もその後もそうだった
それでこっちが泣いた
 
前にもこんなことあったなあ
ほんとうに心底つらいことは
すぐに周りと分かち合うことが
出来ないものかもしれないな
 
祖父母の通夜葬式は全部週末で
忌引を一日も使わなくてね
もう来たのかよなんて呆れられ
迷惑のない日にしたのかもって
 
父も休まず仕事に行った
葬式の疲れを残して家にいた
母のことはつい忘れていた
昼はひとりで何を考えたのか
 
こっちの方が喜ぶと言い
庭木のボケと備前焼の一輪挿し
ばあちゃんへの恨み言は健在
十数年まだ死んだ気がしない

未確認の希望

くたばり損ないが
戻ってきたらどうすんだ
口が悪いのには慣れっこさ
またひでえこと言ってんな
 
洒落の通じないやつらも
多いし制御してそうだけど
あんなに言い募るほど
怖いんだろうなとも思うよ
 
前の方がずっとよかったとか
今の方が断然いいんだとか
どっちかを踏んづけてから
言いたがるやつもいるもんさ
 
どっちか贔屓するにしても
生身相手に100対0はないよ
70対30くらいだとすると
未知が30対70ってことだろ
 
知らないことには
いいも悪いもないんだから
失望も希望も両方あるのさ
生き物は変わるものだしな
 
脅かされたと思う時
悪意の陰口を耳が作る時
相手はこっちを何も知らない
ただそれだけと思うといい
 
あんなに愛したひとのこと
くたばっちまえと思うだろ
肌に合わずに避けたひとも
いいとこあるなら見直すよ
 
続けていればね
丁も半も出るのが筋だって
勝つまでやらず負けて寝て
毎日ダイスを振る夜明け

手動で信じる

俺なんかほんとうは
偉くもなんともないんだ
全幅の信頼みたいな
あんな目ェされたってさあ
 
その偉くもないってひとを
選んだ私の身にもなってよ
や、まあそりゃそうだけど
相手は小学生なんだよ
 
小学生なら罪悪感あるけど
妻なら別にいいってこと?
んなこと言ってないっつの
わかってるってば 冗談よ
 
でも考えたらあれだよな
なんで信じられるんだろな?
大人も子どももないけどさ
根拠も何もないじゃんか
 
それもそうよね
最初にこのひと怪しいって
離れたら終わりだもんね
だろ?最初信じたのなんで?
 
はっきり思い出せないけど
ひとりでには信じないわよ
え、どういうこと?
自分の意志で選んだってこと
 
信じるか信じないかって
相手が決めるんじゃなくて
他人が決めるんでもなくて
自分の責任だと思うのよね
 
俺がお前なら選ばないぞ?
そんなの私だってそうよ
物好きがいて助かってるの
うん、俺も