Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

レット・アローン

 

「あら、おかえり」
返事はなく、立ちつくす黒いランドセル
引っ越し途中、仮住まいの狭いアパートには
息子が逃げ込む一人部屋はない

たまたま今日は夫が早じまいで家にいる
「どうした?ハラでも痛いのか?」
「…なんでもないよ」
ノロノロとランドセルを下ろし、端で着替える

冷蔵庫の中身は
とびきりのごちそうに化けてくれそうもない
リビングに背を向けて見切り品のトマトを洗う

合間合間に振り返ると
普段ならかじりついて観るテレビもかけずに
バスタオルをかぶって壁にもたれ
身じろぎもしない小さな息子の背中

夫はというと、荷作りしなかったギターを
覚束ない手つきでつま弾いている
ティッシュをタバコ型に丸めてブリッジに詰め
ボン、ベンッ、とこっちがつまづきそうな音

やきもき湯むきをしていると
「チョー?チョー、デンジ、ヨー、ヨー♪」
探って音を外す弾き語り、ついでに夫は音痴だ
ボン、ベンッベン、ボンッボンッ
「チョー、デンジ?デンジ、タツマキィー♪」
「…もう、うるっさいよお父さん!何言ってんの」
「なんだお前、これ知らないのか?」

夫はへたっぴな歌とギターで最後まで歌い通し
「われらのぉ、われらのぉー、コーンバトラー」
そこでへっぽこギターの弦がブツンッ、と切れた
「ぶ…うわっ!」
「ぶはっ、バッカじゃないのお父さん」
「バカとはなんだ、バカとは」
「ねえ、これ切れちゃったらもうダメなの?」
「弦は換えられるんだぞ。また教えてやるよ」

いつもよりちょっとだけ念入りに盛り付けた
いつものご飯が出来上がってホッと息をつく
「そろそろ、ご飯よ」