ゼラニウム
お盆休み中日の午後
背もたれを蹴りながら奇声をあげる子供
新幹線の窓の外は薄墨の雲と小雨
少し迷ってから奥まった先輩の家を見つける
はりこんでもて、ローンえらいことなりそやわ
ほんでも、もうじき息子も学校上がるしな
会議室のホワイトボードに落書きしながら
得意げに縞のネクタイを緩めていたっけな
先輩はどしどし仕事を取ってせっせと働いて
ある日急に倒れ、一週間で旅立ってしまった
上司に総務に人事に私を詰めたワゴン車
阪神高速を抜けてからも道に迷ったあの夜
お通夜の日よりは少し落ち着いたようで
でも少し痩せたように見える先輩の奥さんは
茄子ときゅうりが踏ん張って並ぶ仏壇の横で
床に三つ指をついてぺこりと頭を下げる
座布団を外し、迷って買ったお酒の包みを渡し
冷たく汗をかいた麦茶をそっと手に載せ
差し支えのない他愛もない話をぽつぽつとして
私は顔を伏せ、ひんやりした右手を額にあてる
「ホンマは未練もあって欲しなぁ、せやけど
あっちで元気しとってくれたらええなとも思たり。
元気て、なんやヘンかもしれへんけど…」
「いえ…」
靴を履き、玄関の引き戸を開けたら
風船のヨーヨーがこぽん、と頭に落ちて来た
雨に濡れた小さな頭が塀の陰から覗いて
怒ったような困ったような顔が先輩そっくりで
不意に現れた不在に押し流されて涙ぐむ