Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

リーダーリーダー

「あのう、柏実さんですか?」
呼び止められ振り向くと大学生そこそこの男子
親戚でも知り合いの子でもなさそうだ
返事はせずに首を傾げてみせると
「あ、俺、あなたの記事の読者なんです」

やっと合点がいく
確かにおれは記名顔出しで新商品レビューを書く
しがない雇われライターだった
最近はそれもなく、書けないその日暮らし
スタスタ逃げたいところだが、仕方なく向き直る

「それは、まあ、読んでいてくれてどうも」
「俺、カシミの殿堂入りは結構買いましたよ」
「そう。当時なら悪くない選択だと思うけど」
「勿論です。今でも使ってるもの、ありますよ」

満面に憧れをたたえたまま、彼は顔を紅潮させ
「あの、失礼な質問だったらごめんなさい」
「ん?」
「最近は、その、どこかに書かれないんですか」
「いろいろあってね、書かない。あのコラムは
優秀な若い子が引き継いでるって聞いてるよ」
「柏実さんの記事が好きだったんで…」
「ああいうのは商品ありきだし、若い感覚も大事
でね。ひとは変わっていくものなんだよ」

彼は憮然として
「どうでもいいけど、ってよく書かれてたでしょ」
「ああ、文字数稼ぎだよ。納期ギリだからな」
「あれを読むのが、中学高校唯一の楽しみで」
「…お前、ヘンなヤツだなあ」
「読めないと妙にイライラして、困るんです」
「そんなことおれに言われてもな」
「よかったら、また会って頂けませんか」
「ヘンのみならず図々しいヤツだな」

ふと悪戯っぽい表情になった彼は
「今、就職活動中なんです。親のコネがあって
大手出版社に決まるかもしれない」
「そりゃいいご身分だね」
「すぐには無理だけど、俺が編集で企画出せる
ようになったら、柏実さんに書いて頂きます」
「生意気な男だな。かつ恩着せがましい」
「単なる俺のエゴです。俺の人生ですから」

ずっしりした肩掛けカバンからペンとメモ帳を出し
さっさと連絡先を押しつけ、ぺこりと頭を下げ
道を渡ってから、悪びれず大きく手を振った

どこまで本当だか知れないが
おれが〆切に追われやっつけていた雑文を
しぶとく読み耽る人間は実在していたんだな

蒸し暑い夕暮れの街路樹からぽつりぽつりと雨
メモを手帳にそっと挟んで、大きく伸びをしたら
雑誌と炭酸水の瓶が帆布のトートで音を立てる