Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

母のお芝居

二昔前あたりまでは今のように
当たり前ではなかった本人告知
ばあちゃんは怖がりだから言わない
母はそう決めて祖母を誤魔化すことに
 
胃癌の末期、もって半年と言われ
母はごくりと飲み込みそっけない顔で
なんかね、胃潰瘍かなんかだって
一応手術はするって、ま念のためね
 
帰って階段の同じ場所を拭きながら
戸がきしむような声を漏らして泣いた
私は制服のままぼんやりしていた
何を面白がってもいけない気がした
 
実際にはその後も何度か手術をして
一度は退院もしたが脳梗塞で倒れ
寝たきりになってからも意外と長くて
私は病院の送迎用に免許を取って
 
もう入らん、ちさとさん食べなさい
突っ立って頬張る鶏肉の八幡巻き
藤戸饅頭ミルクキャラメルポン菓子
食べたいメモ ほうぼう走り回る私
 
転移転々、院内感染になってからは
母は私を頑として病室に入れなかった
いつ来るかと思うた……もう帰るんかな
でも痛いとは決して口にしなかった
 
気付けば十年の月日が流れ
まあ鈍感なのか、気付かないものね
私、癌じゃないんじゃろうな、だって
それから、人間は勝手じゃ、って…
 
ほんでもやっぱり娘が一番かわいいわ
そう言われたと絞り出して母は泣いた
最期は空を手で払って、おかしいなぁ
どうしてこんなに痛いんじゃろうかあ