Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

母子像と昼餉

 

彼女に初めて会った日は
母親が奮発したレンタカーの後部座席
右側のドアの取っ手をぎゅっと握って
窓の方を向き、小さく縮こまっていた

子ども扱いに慣れない私の
助手席からの「お邪魔します」
ぎこちなくうつむいた苦笑が返る

母親は一人で育てるそうだが
やりくり算段、時には医者に薬をもらうとか
その日はなんだか勢いよく喋りつつ
彼女の沈黙を置き去りに
知らない街までぐんぐん走った


数年後、その母子と再会した
「こんにちは」彼女がぺこりと頭を下げる
お店選びはお任せしますと頼み
ビジネスホテルのランチバイキングへ
「ウチ、一緒に朝抜いて来たのよ。コツはね、
炭水化物が後、野菜とタンパク質が先」
化粧気のない母親はいたずらっぽく笑う

彼女は髪を伸ばしてお下げに編み込み
「お姉ちゃん、お茶とお水どっち?」
テキパキとかいがいしく立ち働き
いただきます、と元気に手を合わせる

母親は相変わらずの暮らしぶり
私もとりたてて自慢する進歩はない
「お母さんが具合悪い時はね、レンジでチンなの」
「あー、冷食、冷食。任せっぱなし」
何度もおかわりして白黒しつつごちそうさま

彼女は水玉のキルティングの袋を探り
小さなピンクのノートと筆箱を取り出すと
「お姉ちゃん、絵、描いて。前の手紙みたいの」
「あ、うん、いいよ。今日は何がいい?」
「んと、お姫さまと、くまのぬいぐるみ!」

拙い絵を描きながら胸が詰まる
見違えるほどしっかりした彼女は
ほころびを繕い、ひび割れをついで
それが日常、疑わず気にとめる風もない
きっと母子とも今は気付いていない

嬉しそうにお下げを揺らしながら
頬杖をついて覗き込む私の手元が
うっかり震えてしまわないように
眉根を寄せ きゅっと口を結んだ