Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

遠雷とポスト

明け方 鳴り止まない雷と雨
また川が溢れるのかしらね
書く手を止め、耳をすまして
うちのひとを起こすか迷って
 
最近目がよく見えなくて
読める字で書けてるかしらね
万年筆のインク切れてたりして
いくらになったのかしら切手
 
うちのひとに見てもらえば
いいことくらいわかってるわ
でもなんだか読まれるのはイヤ
いい歳してって呆れそうだから
 
送られる相手のひとにしたって
そうなのかもしれないわね
言いっこないわ、迷惑だなんて
私だってお客さんだものねえ
 
贅沢だってわかってるのよ
ひとりでは何も出来ない私を
黙って支えてくれるうちのひと
たまに電話をくれるうちの子
 
でもたまにさみしくなるのよ
家族って飽きが来ないけど
いやなところも似てくるでしょ
しがらみのない相手に憧れるの
 
有名なあなたにとっては
私は知らないおばちゃんだから
どうにもなりっこないんだわ
それくらい知ってるんだから
 
ねえ、すぐ本局に出して来てよ
急ぎか?やんでからでいいだろ
湯冷めする封筒 そうだけど…
書かなきゃよかった気もするの

しろやぎのおてがみ

あれ、バグまだ来てないの?
急な用事が入ったんでしょ?
さっき何も言ってなかったぞ
私には連絡ありましたけど…
 
…あいつ、やりやがったな
顔をこしらえて席に着いた
日を改めた方がよかったかな
いえ別に、どうしてですか?
 
なんか、ほら、二人なんて
君もイヤじゃないかと思って
それなら先に断ってますって
あ、これです今日のオススメ
 
実は俺が気まずいんだよなぁ
バグのやつ、散々吹き込むから
あいつの言い分がホントなら
俺この子に何話しゃいいんだか
 
その後彼女とはいかがですか
…いきなりそこから訊くか?
何もねえよ、フラレたんだから
……諦めちゃうんですか?
 
あー、もういいよその話
君が言うのおかしいだろ大体
そうですか?私の後輩ですし…
そういう意味じゃない
 
だって…どういう意味ですか
君があんなこと言うからだろが
怪訝そうな目が中空で泳いだ
酔ってたしな…憶えてねえのか
 
サザエ壺焼きから目を上げたら
向かいはせっせと鯛のあら
…こいつなんか腹立ってきたな
勝手に忘れてんじゃねえバカ

続・一生のお願い

死んでも食わねえ飯なんか
死んだら食べらんないわそりゃ
それに食べなきゃ死ぬんだから
いいよ いやなら食べなさんな
 
ダンダンダンと踏み鳴らす階段
部屋のドア ンガチャ バーン
あーあ 明日持久走あんじゃん
買い置きのフタを切ったみりん
 
めんどくさい年頃になったわね
私の時もあんなんだったっけ
いやー、男子ってまた違うって
腕力じゃもう敵わないもんねえ
 
ホントに食べないつもりかしら
お父さんとお兄ちゃん、は…
今日何時に帰るかわかんないか
生姜焼きどうしようかなあ
 
作って欲しくなくてもいいけど
そんなら自分が作ればいいのよ
お母さんだって人間なのよ
そりゃおなかだって空くわよ
 
イヤホンで道ならぬ歌を聴いて
豚肉は袋でタレに漬け冷蔵庫へ
古い冷凍チャーハンをチンして
お風呂のついでに掃除して寝て
 
どんな顔して起きてくるかな
お父さん達は知らないからなあ
卵の目玉がちょっと寄ったら
不機嫌そうな目も横を向いた
 
おはようだけで放っておいたら
食っちまうぞ 食わねえのか
お兄ちゃんがお皿を持ち上げた
私は聴かなかったことにした

投影物の指向性

感じたこともないような
感じたくもなかったような
不気味さや恐怖や不愉快や
不安や拒絶反応やうそ寒さ
 
人生の時間やなけなしのお金
勝手だよ でもよりによって
遊びとしても気がしれないね
そういうのはもういいよ俺
 
歳食って守りに入っただの
昔はマッドにとがってただの
知ったこっちゃないよ
明日死ぬかもしれないだろ
 
そりゃまあ確かに俺だって
ひとがやらないことを探して
ひとを食った変化球を投げて
悦に入ったりもしたけどね
 
今はとにかく出し惜しみせず
この世のひとの味方になる
なんなら担いであの世に行く
見合うものにしたいと思う
 
現実ってそんなもんじゃない
それは俺もわかってるし
わかってるから必要としない
夢も希望もない不機嫌な作り話
 
何度受け取り損ねたとしても
やさしさはきっとあったんだよ
俺はそれを見せたいだけかも
人間も案外悪くはなかったと
 
いつでも同じことを伝えたい
この世は捨てたもんじゃない
どこから登ったって構わない
てっぺんでよかれと思いたい

しゃーねかろう

えろうぼっこうしゃーねかろう
こうなるともはや呪文か念仏
電話の向こうに話しかける
彼女の声はいつもより弾む
 
うん、うん、ほんならなー…
…ごめんごめん、長かった?
同じひとじゃないみたいだ
悔しいからひとつ訊いてみた
 
なんだっけ、あの、さっきのさ
エロ、ボッコ、シャア…?
え?私そんなこと言ってた?
シャアネカロウ?あれなんだ?
 
シャー?…あ、わかった
えっとね、なんていうのかな
しーんぱーいないさー♪かな?
なに?どこをどう訳してんだ?
 
えろう、が、とてもとかすごくで
ぼっこう、も、まあ似た意味で
しゃーねかろう、が心配ない、ね
はあー…ひとっこともわかんねえ
 
しゃあないやろ、ってあるだろ
あれとしゃーねえって違うの?
多分、世話はない、なのよ元々
世話ぁねえや、って言うでしょ
 
あー、それはなんかわかる
仕方がない、はなんつってる?
うーん、特にはない気がする
どねんかなろう、ってなっちゃう
 
どねん…ってのは何だよ?
どうにかなるでしょ、ってことよ
いらまかすばぁしておんびんくそ
なんかわかんねえけど悪口だろ

チヤホヤ頂戴

なんで立たないのよ
そんなこと言われましても
まばらに座って眺める背と
椅子のえんじ色のビロード
 
誘われて行ったライブで
あんまりよくは知らなくて
周りに合わせるつもりで
周りもそんな感じらしくて
 
滅多にないことだが
終始あったまらない日だった
申し訳ない気はしたのだが
確かに胸は生ぬるいままだ
 
ちょっと意地悪に腰を引いて
チヤホヤされないと怒るのね
こっちもお金払ってんのよね
盛り上げる係はそっちよねえ
 
かっこいい衣装でキメたまま
不機嫌にズカズカ帰って行った
楽しくなかっただろうな
あのひとの満足ってなんだ
 
僕はこうしないといられない
基本 ひとのお世辞は二の次
気が済むまでひとりでもがき
暗闇の向こうから歓声と光
 
俺がっかりさせるのやなんだ
来たらよろこばせたいから
四六時中そのこと考えてんだ
毎回もっと出来た気がしてさ
 
あたしを気持ちよくしてよ
しらけちゃってなんなのよ
好きでやってんじゃないわよ
冷え冷えちぐはぐ緞帳と窓

南京錠の誕生日

何をやっても開かなかった
古ぼけた自転車の南京錠は
誕生日であっさり開いた
一瞬の屈託で手が止まった
 
これだったら絶対忘れないし
今後もずっと変わりっこない
そう本気で思ってたのに
もう忘れかけててバカみたい
 
絶対だの一生だの永遠だの
こじらせた高二の戯言でしょ
こんな数字いくつかあるもの
わけわかんなくもなるわよ
 
その日を見て胸がシクシク
ケーキ屋の前で早足になる
片っぽだけあるイヤリング
自分が主人公になれる感傷
 
でもなんかの拍子にふと
しみじみお幸せにって思うの
調べてまで知りたくないけど
元気でいてって ほんとよ
 
自分のもう知らない未来が
あのひとにはあるんだなあ
それはちょっと悔しいかな
しばらくはそう思ってたわ
 
目が追うのは過去の背中だけ
あたりは綿ぼこりにくすんで
つまらなく見えていたのにね
ある朝久々に笑う あれ?
 
自転車を軽くはたいてから
南京錠の番号を新しくした
またいつか忘れちゃうのかな
スポークに浮かべる背中