Okay, bad joke.

詩のドラフト倉庫

時系列の舟

あの頃は楽しかったよな
恋人もいて若くて元気でさ
その前は学生証で大概通った
今思えばそこそこ優遇された
 
それは嘘でもないけれど
戻りたいとは思わないよ
だって終わったことだもの
茶漉しを通ったあとだもの
 
角が取れて丸っこくて
すべっとした石ころを拾って
転がる岩だった鬱屈なんて
そのうち忘れてゆくわけで
 
アオサギが見下ろす川面
淀みも魚影も照り返しも
ひっくるめてひとつのもの
切り出せないし戻せないよ
 
あの時もっとこうしていれば
もっと若くて勇気があれば
そっちをなでてもいいけどさ
その時はそうしたわけだから
 
あの時ああしていなければ
あいつさえいなければ今頃は
最近は忘れっぽいもんだから
恨み悔やみの余力がないや
 
いつか自信が持てるなんて
思ってるんじゃないだろうね
あの世じゃ大抵はじめまして
行けども行けども覚束ない舟
 
ぽうっと首を傾げる子どもも
明日目覚めるおとなの自分も
これから知ることがあるよ
怖いかい? つかまってろ

手袋と帽子

今そんなことしてる場合かよ
疲れた顔でこっちを見やると
こっちは大変なんだいろいろ
家事だけならいいだろうけど
 
地震があっていろいろ聴いて
私は怖くなってしまって
大事をとって田舎の実家へ
ありがとう 許してくれて
 
頭ではそう言い聞かせつつ
手では編み物の目を数える
することもなく通っている
近所のおばちゃんの教室
 
爪を爪でひっかく癖
編みかけの帽子を眺めて
…誰に頼まれたんだって?
中学ん時の友達のノブエ
 
それ、初めて編むんだろ?
うん、いい色でしょ
ちゃんと編めるのかよ
訊きながらやるし大丈夫よ
 
なーんか楽しそうだな、お前
趣味なんか見つけちゃって
近所付き合いよ でもこれ
やると結構落ち着くのよね
 
俺が家で手袋探し回ってる間
お前はひとの帽子編むわけか
手元の毛糸があせてにじんだ
ぎゅっと編み図に目を寄せた
 
老眼か?とからかいながら
永住する気じゃないだろうな
見送る時 いつもの背中が
毛糸玉とおんなじ色になった

残業組の水音

給湯室から光がもれていた
総務経理部はもう暗かった
黙って席を立った彼女が
一心不乱に洗うデカンタ
 
出来なくっても
帰れって言ってるだろ
そう決まったんだよ
僕は固定給だから残るよ
 
タイムカード押してきます
それで文句ないでしょう
止める間もなく消える
ドアをバンと閉めて戻る
 
いい加減にしろよ
君の勝手で決められても
後でこっちが困るだろ
課長が受けた仕事でしょ
 
ああもうじゃ僕がやるから
貸せよファイル なあ
もう 黙っててくれた方が
早く終わるじゃないですか
 
僕はこの後一旦家帰るから
うちの子 風呂入れなきゃ
……
おい聞いてんのか
 
無言の後パソコン終了の音
マグカップ二つと灰皿を
掴んでのしのしのしと
暗い方へ行く一文字の口元
 
煙草はまだ吸うんだよ
文句がてら追って行くと
腕まくりと涙をためた横顔
遠い記憶によぎる列車の窓

生きる大義

死にてえなあ
頭の中で弄んだその言葉が
目ピリ鼻ツンで食道を通過
胃壁を逆撫でて吐きそうだ
 
耳たぶと唇が寒くって
やってられねえ
向こうから近づく子連れ
ぺんぺん草に笑い声
 
何かこう 通りのいい
ごもっともな理由が欲しい
成績悪いし友達いないし
それじゃあみっともない
 
世界が滅びるとかさ
戦争で死ぬとかさ
俺のせいじゃない何かが
俺を俺からはがさないか
 
急に伸びた背はみ出た手首
その手を突っ込むポケット
からっ風が耳元で泣くと
ああううと女の声がするよ
 
また今朝も生きてやがらあ
誰も求めちゃいねえのにさ
塩っ気のきつそうな塩鮭が
焼ける匂い 玉子のジャー
 
ハラが鳴って体を丸めて
布団に潜るとおふくろの声
さっきまで見ていた夢って
なんだっけ
 
ああもう死にてえなあ
考え飽きた言葉を飲んだ
なんにも知らないイヌが
リードに尻尾を振るから

大いなるお世話

だからハラマキしなさいって
言ったでしょ、バカねえ
遅くまでビデオばっか観て
湯冷めすると思ったのよね
 
げっ、あれ見られてたのか
映画だけにしときゃよかった
頭であれこれ言い訳しては
声は出せずに咳き込んだ
 
カッコ悪いとかうるせえとか
親の顔見りゃ口ごたえするから
バチが当たんのよ、わかった?
蹴り上げた足が空を切った
 
ピピッ ピピッ ピピッ
何度?あら38度 寒くない?
ごろんと背中を向けて無視
もう…いることは言いなさい
 
布団をかけ直して出て行く
ホッとして手提げ袋を探る
紙片にぼやけた目を凝らす
やべえ今日までかどうする?
 
こういうやつで延滞とか
超恥ずかしいやつじゃんか
どうにか抜け出せねえかな
考える間もなく戻ってきた
 
あとでおかゆさん炊くわね
とりあえずお腹慣らして
すりおろしりんごと赤い手
んだよもう、うれしげにして
 
はい、あーんしなさいよ
(…冗談じゃねえっつうの)
ん、何よ、怖い顔しないの
(かわいい女子と思え俺よ)

よいお年を更新

そう言えば去年の今頃は
ひどい大喧嘩になったんだ
十代の頃 四十路はみんな
おとなになるんだと思ってた
 
こんなにささくれてる時に
年に一度のひともいる賀状に
この手で何か書くなんて怖い
ふて寝する ああ時間がない
 
今年は今年で
スケジュールは大差なくて
なんだかんだ時間がなくて
でものんきに母の話し相手
 
喧嘩したのは同じ母だけど
少しはコツを掴んだのかも
ここで私が怒りに任せると
自分がいちばん困るんだよ
 
「頭の上のハエも追えずに」
うっかり口に出した不用意
いやそういう意味じゃない
言い訳の山 あとの祭り
 
なんつったらいいのかな
見つかるまで探すことだ
すぐにわからないときは
無理に言わないことさ
 
どう取られるか悩みながら
笑って欲しいと願いながら
話すのはむずかしいんだな
なんにもわかってなかった
 
言いたいこと言える相手が
おるかおらんかで違うな
そう言って今年の母は寝た
続き続き 起きろプリンタ

堪忍袋を担ぐ

とうちゃんはかってだよ
そんなにいいカッコしたいの?
かあちゃんがまたなくだろ
そんなんだったらもういいよ
 
真っ赤になって見上げ地団駄
こっちだって酔っているから
トボけたフリで半笑いしたら
ドアをバーンと閉めていった
 
ガキの癖に生意気言いやがる
嘘でも親は立てるもんだろう
ったく何教えてやがんだ学校
脇腹をかきつつ冷蔵庫を漁る
 
乾いてヒビが入ったチーズを
おもしろくもなくかじると
壁のカレンダーに合うピント
ああ、いけね…忘れてたよ
 
あいつが怒ってたのは
多分それじゃないだろうな
でも一事が万事こうなんだ
やっぱり俺が勝手なのか
 
抜き足差し足こども部屋
音を立てずそうっと開けた
だんだん目が慣れてきたら
床に捨ててあるでかい靴下
 
参ったな 気付いたのかね
大きくなってたんだなお前
眉間に苦しげな皺を寄せて
疲れる夢を見ていそうで
 
どんな願いでも叶えると
生まれた時は思ったんだよ
俺がサンタに頼みたいよ
どうかもっとマシな父親